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こんにちは!
Oliver Kidsのコラムをご覧いただき、ありがとうございます。
7月。
短冊と笹が街角や保育園、学校の入り口に飾られ、
色とりどりの願いごとが風に揺れる時期になります。
「おかしを毎日たべられますように」
「ピアノがじょうずになりますように」
「サッカーせんしゅになれますように」
そんな可愛らしい言葉に、思わず目を細めてしまう瞬間。
それぞれの願いは、小さな文字でもしっかりとその子の“いま”を語っています。
普段はなかなか見えてこない、子どもの想いや考えごと。
でも、短冊には、それが驚くほど自然に表れるのです。
「お願いごと」には、等身大の想いがあふれている。
子どもが書く願いごとは、とてもストレートで、
飾り気のない本音がそのまま言葉になっていることがほとんどです。
だからこそ、ちょっとした願いごとにも、親はドキッとすることがあります。
たとえば――
「ママともっとあそべますように」
そんな短冊を見つけた時、
親としては胸がキュッとなるかもしれません。
忙しくて余裕がなくなっていた日々、
つい「あとでね」「ちょっと待って」と言い続けていた自分を、
ふと振り返るきっかけになったりもするのです。
願いごとは、子どもの声なき声。
言葉で表現するのが難しい年齢でも、
短冊という“特別な場所”にだけは、素直な気持ちがあらわれる。
七夕は、そんな“心の翻訳機”のような役割を果たしてくれます。
願い事に正解はない
大人の目線では、
「もっと具体的に書けばいいのに」
「もう少し現実的な願いの方が…」と感じることもあるかもしれません。
でも、願いごとは本来、自由なもの。
現実的かどうかではなく、
その子が“何を願いたい気持ちになっているか”が何より大切です。
ある子は「おばあちゃんが長生きしますように」と書き、
またある子は「かみなりがこわくなくなりますように」と書く。
そのどちらもが、“その子らしさ”であり、尊いものです。
大人にとってはさらりと見過ごしてしまいそうな言葉でも、
その背景には、その子の小さな世界で感じた出来事や感情が
ぎゅっと詰まっているのです。
「願いを書く」ことは、自分の気持ちを整理すること。
願いごとを書くという行為は、
子どもにとっては“今の自分”と向き合う時間でもあります。
何が好き? 今、なにがうまくいってない? なにが怖い?
そんな小さな自問自答の時間を経て、短冊に向かうその姿は、
実はとても尊いものです。
言葉を探して、迷って、
それでも「書いてみようかな」とペンをとる。
その瞬間、子どもは少しだけ“心を整理する”体験をしているのかもしれません。
そしてそれを見守る私たち大人もまた、
自分自身の願いごとをそっと思い返す機会をもらっているのです。
七夕は、親子の“心をそろえる”行事。
普段、すれ違ったり、バタバタと過ぎていく毎日の中で、
七夕という行事があることで、
ふと親子の気持ちが近づくことがあります。
願いごとを一緒に考える。
書いたあとに読み合ってみる。
夜空を見上げて、「織姫と彦星、会えたかな」と話してみる。
たったそれだけでも、心に余白が生まれます。
七夕は、“願うこと”を通じて、親子の対話を育ててくれる行事なのかもしれません。
願いごとは、心の窓。
子どもがどんな願いごとを書いたか。
そこに書かれたたった一行に、
いまその子が見ている世界や、大切に思っていることがにじんでいます。
七夕は、静かだけど大切な行事。
願いごとが叶うかどうかよりも、
その「願う気持ち」を一緒に受けとめて、見守っていけたら。
短冊に揺れる言葉のひとつひとつが、
親にとっても、子どもにとっても、
やさしい心の窓になってくれるはずです。